* まもなく移轉
當サイトはまもなく移轉します。
* みっくみく事件の決着
驚いた。ドワンゴが殆ど完全に折れる形で、しかもこんなに早く決着が付くとは思はなかった。こんな結末になるとは夢にも思はなかった。
* Quốc ngữ と日本語
ベトナム語は六つの聲調を持つ言語であるが、現在それを表記する爲に用ゐられてゐる Quốc ngữ ではその六声調を書き分ける事が出來るらしい。
* 自然物と信仰/生體機械としての人間/初音ミク/オープンソース戰爭
みっくみくが JASRAC された件には非常にもやもやとさせられる。だから出來るだけ消化しようと試みた。Every man thinketh his burden is the heaviest.
* HsHyperEstraier 0.1
HyperEstraier の Haskell 用バインディングである HsHyperEstraier を公開した。
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miércoles, 19 diciembre 2007
自然物と信仰/生體機械としての人間/初音ミク/オープンソース戰爭
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自然物と信仰の區別
一般に、或る物事 X が元から存在した自然物もしくは概念であるのか、それとも人間の頭の中にだけ存在する人間の考へた概念であるのかを判別するのは簡單だ。その X が、猫にとって――猫が嫌ひなら犬でも他の動物でも植物でも良いが――意味を持つかどうかを考へるだけで良い。土や水や木は猫にとって意味を持つ。だから自然物だ。雨や雪、昼と夜、風、これらは現象であって物ではないが自然物と見做して良い。肉体的な性別(
信仰するのが惡いと言ってゐるのではない。私も例へば(變な誤解をされると嫌なので滅多に口に出さないやうにしてゐる事だが)この日本の土地の色々な所に神々が
人間と信仰の關係は――ここからは信仰ではなくもっと正確にミームと呼ぶが――人間とミームの關係はハードウェアとソフトウェアの關係に
ところで佛教徒はミームの實行を完全に辭める事をどうやら「解脱する」とか「涅槃に入る」とか言ふらしい。まあ私には關係無いしこの記事にも別に關係無い。
初音ミクが JASRAC された件について
みっくみくがJASRACされた?!(訂正というか続き?)
我々の立場から見れば、初音ミクの起こした動きは DTM オリジナル曲の文化が新たな活力を得た動きと云ふ事になるのだが、かつて教會を通さずに直接神にアクセスした者が魔女として殺害されたのと同じやうに、利権團體を通さずに直接個人が曲や映像を作って個人がそれを視聽すると、何故か利権團體には大きな打撃が與へられる事になる。魔女の行爲によって教會の存在意義が脅かされた事と同樣に、個人製作・個人視聽によって利権團體の存在意義が脅かされるからだ。だからここへ來て突然 JASRAC が牙を剥いたわけではなく、恐らくはドワンゴが牙を剥いたわけでもなく、この事件は今まで延々と續いて來た著作權主義ミームと著作自由主義ミームの戰爭の一局面に過ぎない。結果としてこれはみっくみくの作者がJASRAC に權利を譲り渡す事がどんな意味を持つのか知らなかった爲に起きた事件のやうであり、Blog の記述を讀む限り本人はその事を後悔してゐるやうに思へるし、この事が發端で初音ミクブームが
本當は、戰爭なんか無ければ良いのになあ。多分中東の人も然う思ってゐるんだらうけれど…
オープンソースに關はる事について
誰に何と言はれようと何をされようと、この一線だけは絶對に譲れないのだが、私は兵士である。銃彈を
著作權主義者は戰爭に負ければ利権を失ふ。著作自由主義者が負ければ文化を失ふ。實際には然う簡單に戰爭は終はらないのでどちらも極論ではあるにせよ、どうしても私には自分の陣營の方が不利のやうに思へるのだが、その點については天才の中の天才であり戰士の中の戰士である Bob Marley が歌った通りなのだらう。曰く、"Every man thinketh his burden is the heaviest." 「誰もが自分の荷物を最も重い物だと思ってゐる。」
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