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驚いた。ドワンゴが殆ど完全に折れる形で、しかもこんなに早く決着が付くとは思はなかった。こんな結末になるとは夢にも思はなかった。
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みっくみくが JASRAC された件には非常にもやもやとさせられる。だから出來るだけ消化しようと試みた。Every man thinketh his burden is the heaviest.
* HsHyperEstraier 0.1
HyperEstraier の Haskell 用バインディングである HsHyperEstraier を公開した。
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domingo, 23 septiembre 2007
明晰夢
Cuenta Larga = 12.19.14.12.4; tzolkin = 12 Kan; haab = 12 Chen
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久々に明晰夢を見た。
私は町田驛の周邊を歩いてゐる。現實の町田とはかなり異なるが、夢の中ではそこが町田と云ふ事になってゐる。歩いてゐた所、突然
折角立たせて貰ったのだが、少し經つとまた再び眩暈がして倒れた。白人の男はもう居なかった。邊りを見回すと、そこが何處なのか判らなくなってゐた。景色が全く見覺えの無いものに變容してゐたのだ。
ここで目が覺めた。時刻は午前五時半頃。とても酷い氣分だった。起床直後に飮むやうに言はれてゐる抗不安劑を服用、約三十分後に氣分が落ち着いて來て、再び眠くなってきたので寢る事にした。
私は自室に居る。自室に本來無いやうな空間が拡張されてゐて、異樣に
外の景色は高臺からの素晴しい眺めになってをり、完全に現實のものとは異なってゐた。この時點で「あ、これは夢なんだ」と氣付いた。部屋から續く道の脇には他の家々の庭があった。ある家の庭には老人が居た。ある家では白人らしき住人が外に出て庭の芝生に座ってジャズを聴いてゐた。聴いた事の無い曲だったが私はその曲を氣に入った。庭と道の間にはコンリートの低い壁があり、その壁に顎を乘せると、ウッドベースの低音から來る振動が感じられた。「夢でも振動を感じられるんだ」と思った。
「明晰夢を見るなんて珍しい。面白いから他の部屋も見に行かう」と思って、先づ風呂場を見に行った。するとそこの樣子もまた完全に變はってゐた。湯船も床も壁も全て木製(恐らく
大小樣々な形の風呂に取り圍まれるやうにして、どうもレストランのやうに見える六角形の部屋が在った。「多分レストランなんだらうなあ、私の自宅だったはずなのに…」と思ひながら
場面變はる
風呂を出て、旅館の廊下のやうな場所を歩いてゐる。廊下の真ん中に幅一メートル程の溝が作られてをり、枯山水と言ふべきか、細かい砂利が敷いてあった。水は流されてゐない。風情があるなあと思った。枯山水の或る地点には苔の生えた場所があり、私は「この苔はわざわざ移植したのかな?苔ってこんなに乾いた所では生きられないはずなのに」と思った。
突然眩暈がして、幅一メートルの枯山水の中に倒れ込んでしまった。何とか起き上がって川を見ると、そこに私の定期入れが落ちてゐた。倒れた時にポケットから落ちたらしい。
ここで目が覺めた。時刻は十一時頃だった。
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夢の分析は、今はとてもする氣になれないので、しません。最初の夢の白人の男はどう考へてもクリニックの先生の象徴であり、その夢で起きた事は全て、二度目に倒れた事を除いてはクリニックへ行った時の事と完璧に對應が取れてゐますが、詳しくは説明出來ません。
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